世界のユースセンターを巡る旅人

世界を旅する日本人とフランス人の話。

好きなことをすべきか、嫌いなことでも我慢して続けるべきか

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好きなことをすべきか、嫌いなことでも我慢して続けるべきか

最初に答えを述べますと、僕は好きなことをすべき派

だけど、「好きなことの導く結果の自分に対する利害関係を、しっかり見極めた上でするならね」という仮定がつきますが、、、

ただ人生の利害については、以前投稿したものを参考にしてください 

mayonakanoonara.hatenablog.com

 ここにも書いたように失敗つまり害って無いのかも、、、って思うかも知れませんが、はじめから自分にとって害になる行為をすることは意味が無いと思うのです。

 

自分の欲望に身を任せて、害の結果を導くと知りつつやってもやりますか。

おいしそうなケーキがある。そこには毒が入っていると書いてあるのにもかかわらず、あなたは食べますか?

ちょっと大げさかも知れませんが、僕の思う利害関係とはこういうことです。毒が入っていて健康を害する結果になるなら、最初からしない方がよくなですか。あくまでも個人的主観ですが、、

このことを自分で見極めた上で、好きなことをするなら僕はいいと思います。

 

好きなことをすべき理由

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僕が思うに、好きなことを続ける理由は、伸び率が高く結果が自分の目で見えるからです。自分の目で、自分の感覚でわかるというのが大事だと思います。(他人じゃないということ)

・たとえば、僕はリンゴが好きで、メロンが食べられません。そんな僕が、リンゴ農家を始めるとしましょう。好きなリンゴ、おいしいリンゴを作りたくて、大好きなリンゴだから研究熱心に取り組むと思います。そして、自分好みのおいしいリンゴができた暁には、とても嬉しことでしょう。自分で味わい、自分の成果が自分の目で見られます。

・でも、もしそれがメロンだったら。僕はそもそもメロンが食べれないので、味の確認ができません。でも作らなければいけない。作るのいやだし、味もわからないけどおいしいものって作れますか。僕は作れないと思います。もし仮においしいもの作ったとしても、自分が食べられないのなら何もわかりませんね。

好きなことをするってそんなもんじゃないでしょうか。自分の心から好きなことをするのは、より熱心に取り組むことができるのとともに、自分の目で評価し、自分の目で結果を見極めることができるのではないでしょうか。他人の目ではなくて。これがもし嫌いなことだったら、それらをするのまでもおっくうで、前進するのに時間がかかるのではないでしょうか。もしくは前進しないとかね。

 

だから僕は、、

嫌いなことでも我慢して続けたくない。しかも、明日生きている保証をだれもしてくれないならなおさら。嫌いなことを我慢してしている間に死にたくない。」

というのが僕の主観です。

つまり、好きなことは良い結果をもたらす可能性があり、死ぬときに後悔しないというために、僕は好きなことをすべきだと思っています。そう信じてます。

 

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